投稿者: maaya

  • 私が見たエホバの証人の体罰

    私が見たエホバの証人の体罰

    私が子どもだった、20数年前のできごとです。

    私が住んでいた地域のエホバの証人の中でも、とりわけ体罰の激しい女性信者がいました。
    彼女の二人の幼い男の子たちは、連日行われていた激しい体罰で、目が死んでいて、特に当時1,2歳だった下の男の子は、一般的な乳幼児のように好奇心を持って動き回ることもありませんでした。

    ある時には、その男の子は1時間にわたり体罰を受けていました。
    最初は激しく泣き叫んでいたその子も、最後には声も枯れてぐったりとしていました。
    周りの大人達はその間も平然としていて、誰も止めようとはしませんでした。
    少人数で集まる、「群れ」での集会の時だったので、そこにいた全員がその子が叩かれている音も泣き声も聞いていたにも関わらずです。
    これが、エホバの証人にとっては、「懲らしめによって、正しい道に導いている」という現実でした。
    私はまだ子どもだったため、どんな罰が待ち受けているかを考えると恐ろしくて何も言えませんでした。

    もう地元に戻ることはないので現状は分かりませんが、あの男の子たちが、虐待を乗り越えて幸せな人生を歩んでいてくれることを願っています。

     

  • 伝道中のエホバの証人に聞いてみました。

    伝道中のエホバの証人に聞いてみました。

    先日、都内某所の大きな交差点の近くで、数メートルずつ離れて数人で宗教雑誌を掲げていたエホバの証人たちを見かけました。
    そこで、一番端にいた中年の男性Aさんにこのように聞いてみました。

    私:「こんにちは。伝道お疲れ様です。兄弟は何年位、証人をされているんですか?」
    Aさん:「え?あ…、えっと、30年位です。」
    私:「そうなんですね。ところで質問なんですけど、ブルガリアの証人たちには輸血が解禁されているのに、日本では解禁されていないのはどうしてですか?」
    Aさん:「そんなことはないですよ。エホバの証人は世界中で一致しているので(どのように表現していたかは忘れました)、ありえないです。」
    私:「いいえ、私もそのように信じていましたが、違ったんです。これは事実です。証拠もあります。調べればすぐに分かりますよ。それから、コンティ裁判についてはどのようにお考えですか?」
    Aさん:「…。えっと、それは戦争に関する裁判ですか?」
    私:「いいえ、子どもに対する性犯罪に関する裁判です。それからサイレントラムズに関してはどのようにお考えですか?」
    Aさん「…。えっと、それは何ですか?」
    私「これもアメリカのエホバの証人の子どもに対する性犯罪に関係したものなんです。今、エホバの御名が汚されているんですよ。もし本当にエホバを愛しているのなら、きちんと調べたほうがいいと思います」

    私は仕事に向かう途中だったこともあり、また緊張していい言葉が出てこなかったこともあり、うまく説明できませんでしたが、彼がエホバの証人の実態を調べてくれるきっかけになってくれたらと願っています。
    また、できるだけにこやかに話しかけたつもりでしたが、もし彼を傷つけていたら、申し訳ないです…。
    今度エホバの証人に出くわした時にはもっと上手に説明できたらと思うので、いいアイデアがありましたら教えてくださいませ。

  • 『抱きしめよう、わが子のぜんぶ』 佐々木正美

    『抱きしめよう、わが子のぜんぶ』 佐々木正美

    児童精神科医の佐々木正美先生が書かれた本です。
    今子育て中の方にも、これから子育てをされる方にもぜひ読んで頂きたい、心に響く内容でした。

    簡単に内容をご紹介します。

    最近、学校や家で暴力をふるう子どもが増えています。感情のコントロールができず、がまんができない子ども達に共通しているのは「自分はだれかから見放されるんじゃないか」という不安感が心の底にあります。
    この感情を持っている人は、幼いときに親から「そんな子はもういりません」「そんな子、お母さんは産んだ覚えありません」「そんな子は、もうよその家にあげてしまいますよ」といったことを繰り返し言われて育ってきた子たちです。
    あるいは親にかまってもらえず放置されて育った子たちです。

    思春期の子の反抗や暴力的な行動も、泣き叫ぶ赤ちゃんと一緒で、さみしさや孤独、不安といったもののサインを暴力や非行で発しているのです。
    とても悲しいことですが、子どもの存在自体を否定するようなことを平気でいう親は少なくありません。
    本人は、子どもの教育のためと思っているかもしれませんが、子どもの良くないところを指摘するだけならまだしも、人格そのものを否定するようなことは絶対にしてはいけないことです。
    子どもは大きく自尊心を傷付けられ、いつも親の前でびくびくするようになってしまいます。
    親を信じられず、自分のことも嫌いになってしまいます。

    親の期待が強すぎると子どもは疲れてしまいます。

    親がわが子に「こうあってほしい」「こんな人間に育ってほしい」と願うのは当たり前ですし、愛しているからこその願いでしょうが、その期待が強すぎると、子どもはそれを重圧に感じて息苦しくなってしまいます。

    小さい時から、聞き分けのいい子でいなさいとか、お稽古事や勉強がよくできるようになりなさいと、自分の希望を伝えすぎていませんか?そして希望通りにならないと、「どうしてできないの!」と責めたり、「お母さんの言うことが聞けないの!」などと頭ごなしに叱ったりしていませんか?

    子どもはお父さんお母さんが大好きですから、その期待にこたえようと本当はがんばっているのです。
    がんばっているのに、そんな風に言われたら「自分はダメな子だ」「お父さんお母さんは私のことが嫌いなんだ」と自分を否定したり、親に見捨てられたという感情を強く持ってしまうでしょう。

    子どものいうことを聞いてあげる、要求を満たしてあげる、できないことを指摘するより、できていることを見つけて「がんばっているね」といって応援してあげる。思春期以降の精神的な危機の問題は、その最初のステップである乳幼児期に親のいうことを聞かせすぎた結果であることが多いのです。

    「こうしなさい」ではなく「がんばっているね」とたくさん応援してあげましょう。
    他にも、ここに書ききれない、たくさんの佐々木先生のメッセージが書かれていました。

    ご興味のある方は、ぜひご一読くださいませ。

  • みなさん、ありがとうございます

    みなさん、ありがとうございます

    こんにちは。
    アドバイスやメッセージをくださった方々、どうもありがとうございました。
    何人かの方にご指摘していただいた通り、まずは自分が経済的に安定することを頑張りたいと思います。(しばらく入院していたので…)
    そして自分の周りから地道に草の根運動をしていきます。
    これからじっくり考えてから行動を起こしていこうと思いますが、何かアドバイスがありましたらぜひよろしくお願いします。
    また私にできることがありましたら協力しますので、ご一報くださいませ。
    これから少しずつ自分のエホバの証人時代のことなどについて書いていきたいと思います。

  • 決意しました。

    決意しました。

    数年ぶりのブログ更新です。

    私は子ども時代をエホバの証人(JW)になるように育てられました。
    2000年に自然消滅しましたが、あまりにも子ども時代がつらかったため、その後10年ほどはエホバの証人という言葉も口にすることができず、親しい人たちにも知らせずにいました。
    長かった夜が明け、「ハルマゲドン」と迫害の恐怖からも解放された今は、とても心穏やかな毎日を送っています。
    (母親は今でも現役の熱心な信者です。)
    これからはエホバの証人の子どもたちを助けるために活動をしていこうと決意しました。
    どのような方法をとるかは考え中です。
    未熟者ですので、色々な面で協力していただける方を探しています。(特にパソコン操作は苦手です)
    どうぞよろしくお願いします。

  • 年の離れた妹とのお出かけ

    年の離れた妹とのお出かけ

    今日は久しぶりに、年の離れた妹と会って、一緒に新宿で映画「魔法使いの弟子」を観てきました音譜

    待ち合わせ場所の映画館に現れた妹は私の記憶よりかなり大きくなっていて不思議に思いましたが、よく見たら、最近私が譲った厚底サンダルを履いていて、納得サンダル

    しかも人生初というマスカラをしてきていて、大人になったなぁと、なんだか嬉しかったです得意げ

    10歳以上も年の離れている妹は、妹というより娘のような存在で、母親が入院していた時期などは私が代わりにお世話をしていました。

    いつまでも可愛い赤ちゃんのままでいてほしかったけど、大きくなって洋服の交換をしたり、一緒におでかけできたりするのもいいものだなあと実感しました映画

    怖がりの私は、映画中、耳をふさいだり目を閉じたりしていましたが、妹はエンジョイしていたようで、子どもの成長を喜ぶ親のような気持ちになりましたクローバー

    いつかは一緒に恋の話でもするようになるのかなあ・・・ドキドキ

  • 超久しぶりの車の運転

    超久しぶりの車の運転

    ずいぶん前に運転免許を取った直後から、周りの友人たちに「君は運転をしないほうがいい。人を轢く前にやめたほうがいい」と警告をされ、運転を一切やめていた。
    反射神経が鈍いし、アクセルとブレーキを間違えるので、みんなが心配したのも無理はない・・・(/ω\)

    今度車を運転する時には、日本の平和のためにも絶対に自動車学校のペーパードライバーコースを受けてから、と心に決めていたのだが、恐怖の日は突然訪れた。
    ある友人が、のほほんとしている私に活を入れるため(?)、自分の車を犠牲にしてもいいから、運転してみなさいと、無謀なチャレンジを勧めて来たのだ。ちゃんと馴染みの保険屋にも「今日事故を起こします」と言ってきたというのだから、潔い…(*_*)
    かくして、私の超久しぶりの運転が実行された。
    まずエンジンのかけ方、アクセルとブレーキの位置を教えてもらい、幅が広めで運転しやすい道で、制限速度をきっちり守りながら恐る恐る運転してみた。

    アクセルを踏むと車が進む…車 当たり前だが、教習所で初めて車を運転した時の新鮮な感動と緊張がよみがえってきた。
    そして、教習所以上の恐怖感。
    運転を終えた時には、どこにもぶつけず、捕まらず、無事に終えられて本当に良かったと安堵したと同時に、普通に運転できているドライバーの皆さんは、すごいと思ったクラッカー

    いつか、私も普通に運転できるようになるといいなあ…クローバー