川島真彩の幸せの部屋

「幸せは全て自分の心から生まれる」 ~元JW(エホバの証人)2世からのメッセージ

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排斥されてから復帰を目指す信者に対する忌避

十六夜さん(女性) 「排斥されてから復帰を目指す信者に対する忌避の体験談」

現役の信者さんである十六夜さんから、体験談をいただきました。
十六夜さんのように、排斥され忌避をされ続けても、いつか元に戻れることを信じて集会に出席し続ける方もいらっしゃいます。
彼女は排斥された後に復帰されました。しかしものみの塔の実態を知り、現在は自然消滅を目指していらっしゃいます。排斥者であった彼女が、復帰を目指して集会に通っていた頃、会衆の成員たちにどのように扱われていたのか、その実態を書いて下さいましたので下記にご紹介させていただきます。


会衆の成員たちは、排斥者に「あいさつの言葉もかけてはなりません」という組織からの聖書解釈の指示に従っています。

排斥されてから1,2ヶ月経ったある夜の集会後。新しい雑誌(ものみの塔では機関誌をこう呼びます)が届いたので、「個人用の物を1部持って行ってください。」と発表された日でした。普段なら、結びの祈りの終了とともに、脱兎のごとく帰るのですが、新しい雑誌を受け取るため、居心地の悪い思いで雑誌カウンターが開くのを待っていました。

誰とも話せない状況で、群衆の中にいるのは、居たたまれないものでした。雑誌係の兄弟(エホバの証人男子に対する呼び方)は、他にも都合があるので、「排斥者のために、カウンターを早く開けてあげよう」などという事まで考えません。じっと待つ身には、ほんの僅かな時間も長く感じるものです。カウンターが開くのを待っている間に、席を離れた成員たちが、通路や座席の間や、部屋の中のスペースがある所で集まっておしゃべりをし始めていました。

雑誌カウンターがやっと開きました。私は、そうした集団を避けながら、サッサとカウンターに近づき、雑誌を素早く手に取りました。成員たち同士でのおしゃべりが始まってしまった室内は、実に歩きにくいものです。話に夢中になって、話し合う人の塊は徐々に広がりますし、本人たちは、傍を通る人の邪魔になっているなんて思いもしません。自分だって、同じ状況ならきっと同様になっているでしょう。「仕方ない…。」と諦めて、私は成員たちを避けながら出口に向かっていました。
その時、ある成員の腕が私に当たりました。彼は、後ろを通る私に気づいていませんでした。
私は、「失礼しました」というジェスチャーで片手を挙げました。腕を当ててしまった当人は、「あ。ごめんね。」と言おうとしながら振り返りました。しかし、自分の非礼を詫びる相手が排斥者と知るや、その言葉は、言い終えることなく途中で閉じられました。
「あ。ごめ…。」
振り返る、その動作まで止まりました。
私は、「空しさ」と「悔しさ」と「屈辱」と「悲しさ」が溢れてきて居たたまれなくなり、そこからはもう、入り乱れて戦うスポーツ選手が、敵チームのメンバーをかわす様に歩調を上げて出口に向かいました。

私は、「まじめなJW」を目指し、審理委員会で言われた項目に従いながら、集会も欠かさずに通っていました。私がいた会衆は、排斥者の集会に出席するタイミングが、ネットで見かける他の会衆とは違っているようでした。
通っていた会衆では、王国会館(集会場所)に滞在する時間は、他の会衆に比べたら大幅にゆるい言い渡しでした。他の多くの会衆のように、プログラムしか出席できないわけではありませんでした。始まりの歌から結びの祈りまで出席が許されていただけでなく、集会前も「直前ではなく、余裕をもって席に着いていてよい」と伝えられていました。もちろん、結びの祈りの後も、さっさと帰るように、という圧力もありませんでした。
しかし成員たちに完全無視される中、必要以上に留まる不愉快さを敢えて味わいたくはなかったので、定着したパターンは、始まりの歌の少し前に到着し、結びの祈りの直後に帰る、となりました。

私は、その行動パターンが固まるまで、様々な経験をしました。

排斥されてから3か月ほどが経ったある日の出来事です。
集会後にトイレを使って、洗面ボールの前に行きました。そこには、すでに別の成員がいましたが、彼女は自分の前にある鏡に私の姿を見ると、素早く壁に向かって姿勢を向けてしまいました。
私は、呆気にとられました。「ああ。この人は、こういう忌避をするのだ…。」そう考え片付けようとしました。

洗い終えた手を、備え付けのペーパータオルで拭き、いつも通りゴミ箱に捨てようとしました。ところが、そのゴミ箱の置いてある場所が悪く、すぐには捨てられませんでした。その時点で、捨てるのを諦めていれば、さらなる苦痛を味わわずに済んだのに…と、今は悔やまれます。
ペタルペールのゴミ箱は、壁に背を向けて立っている彼女の足元にありました。ゴミを捨てたいけれど捨てにくく迷う私と、排斥者に背を向けて壁に向かいつづける彼女とで、どちらの用事も済まないままの時間がしばらく続きました。私は、どちらかが動かなければ、この事態は収まらないと判断し、ゴミ箱の蓋を開けるためにペタルを踏みました。蓋は、予想以上の勢いで開き、彼女が対面している壁に当たりました。金属製の蓋は、シンバルのような派手な音をたてました。
私もその音に驚きましたが、壁に対面していた彼女はもっと驚いたようです。彼女は、「ビック~~~ン」と反応し、両手まで挙げました。命の危険を感じた者がする「ホールドアップ」のような姿です。
私は呆れ果てていました。
いったい、どこに「排斥者に背を向けろ」なんて指示が書いてあるのでしょうか?

この「ホールドアップ」事件から、私は王国会館のトイレを使わなくなりました。個人用の雑誌を貰ってから帰るときに話に夢中な成員と当たってからは、雑誌も貰わなくなりました。Jw.orgで閲覧できますから。忌避される要素を避ける術を、経験しながら会得して行きました。

さて、排斥者には「集会、大会も欠かさない」姿勢を求められていると私は考えていましたから、大会ホールへも出かけていました。ここでは、同じ王国会館を使う他の会衆の顔なじみの人に、排斥の情報が同じように伝わっていないという現象に遭遇しました。
知らない人は「姉妹…」と実に親しげに声をかけて来られます。声をかけられなくなっていた私は、どう答えていいものか非常に迷いましたが、無言で深くうなずいて去りました。

在籍している会衆の人の反応も、王国会館内とは多少違います。会衆の分会に伴い、こうした場で久しぶりに会う仲間と交友を温めたり、開拓者の集まりのつながりで励ましあったり…。そうした高揚感から、排斥者など眼中にないような印象を受けます。1000人近くが一堂に集まっているので、排斥者の存在感も薄れるようです。

通常の集会では、トイレを使わないで済ませられますが、9時半から16時近くまで留まる大会ホールでは、どうしても使用しなければいけません。でも休憩時間にお手洗いに行けば、自分の会衆の成員と会う確率も高くなります。
私は、排斥後最初の大会で休憩時間の不愉快さを学びました。

その学んだ状況です。

王国会館のトイレとは違って、大会ホールのは比較にならないほど多いです。それなのに、同じ会衆の、それも「普通以上の忌避」をする成員と会うんですね。

昼食後の洗面ボールが並んでいるスペースは大賑わいです。お化粧を直す人、歯を磨く人、私のように使用後の手洗いの人が入り混じっています。洗面ボールに向かいながら、混雑する人の姿を鏡も映していました。私は、自分の少し前を同じ方向に歩いている、自分と同じ会衆の姉妹がいるのに鏡で気づきました。彼女も、自分の後に私が続いていると気づきました。
すると、気づいたその彼女は、目指していた洗面ボールから大きく進路を変えて行きました。私は、非常に不愉快になりました。周囲にいる、他の会衆の人は私の立場を知らないので、忌避もなく普通に入り混じっています。知っている人は忌避をします。
一体この差はなんでしょう?
その日以降は、休憩時間以外にお手洗いに行くことにしました。

それからこれは、私が排斥されてまだ3ヶ月以内の頃だった頃の出来事です。
私はまだ、成員とのほんのわずかな会話でいい、言葉を交わせたらいいと願っていました。

建前としては、排斥者の席はないと言われていますが、多くの会衆では、座席の一番後ろの列や、壁寄りの位置、部屋の片隅に置かれた折りたたみ椅子などが多いようです。稀に、自由にどの席でも座れるという例も聞きましたが、これは本当に稀な例だと思います。
当時、私の通う会衆には排斥者が私を含めて5人も交わっていました。
私のいた会衆のように、排斥者の大所帯を抱えていては、排斥者用の座席を確認してみたいと思うのもある意味当然です。
それで、王国会館に到着してから、私は案内係の兄弟に控えめに尋ねました。
「あのう…。どこに座ったらいいですか?」
すると、質問された兄弟は、視線だけこちらにむけてあごでしゃくりながら言いました。「どこでも。好きなところにどうぞ。」
私は唖然としました。

あなたは、どう思いますか?
デパートのインフォメーションで、あごでしゃくられて返事をされたら…。
結婚式場の受付で、あごをしゃくって入口を示されたら…。
葬儀の受付で、あごでしゃくられて式場への方向を教えられたら…。

私はこうした反応を経験するにしたがって、成員とは関わらないのが、自分の心を守るのに最善策だと学習していきました。


愛のある神は、本当に、このような忌避行為、精神的いじめ行為を望んでいるのでしょうか?

JWの方にはもう一度考えて頂けたらと思います。

川島真彩

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このサイトについて

元エホバの証人(JW)2世の川島と申します。10数年前に自然消滅しました。
現在は保育関係の仕事をしながら、病気も経験しつつも幸せに暮らしています。
どんな過去があっても、人は幸せになれる、ということを伝えていきたい、そして子どもたちの人権を踏みにじる行為を防ぐ力となりたいと思っています。
当サイトが、ものみの塔からの脱会と脱会後の助けになりましたら、また多くの方の心に灯をともすことができましたら幸いです。
また、JWについて一般の方々にも知っていただくきっかけになれたらと願い、JW以外の内容のブログも多く綴っております。

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