川島真彩の幸せの部屋

「幸せは全て自分の心から生まれる」 ~元JW(エホバの証人)2世からのメッセージ

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ずっと死のうと思ってた – ものみの塔(エホバの証人)の2世信者として長く苦しんできたこと(第1回)

この記事は約5分28秒で読めます

清水富美加さんの出家報道に際して思い返したこと

ある宗教の2世の信者さんである、女優の清水富美加さんが出家されたことが話題となっています。親が信者で生まれながらに信仰を強制させられた2世の清水富美加さんの、これまでとこれからの心情に、宗教は異なりますが同じ2世として思いを馳せています。
テレビに映っている彼女は幸せそうですので、その幸せが続くよう祈っております。

私は1980年代にこの世に生を受けた時からエホバの証人(JW)2世として育てられました。そして幼少期に心から楽しいと思える想い出はなく、子どもの頃から長い間自殺願望がありました。

なぜ死にたいと思うようになったのか、どのような子ども時代を過ごしていたのか、勉強や仕事に対してどのような感覚を持っていたのか、また自分の考え方に教理がどれほど影響力を持っていたか、組織から離れて17年経った今、改めて振り返ってみました。
長くなりましたので、何回かに分けて投稿致します。

なお、これは私個人の体験談であり、同じエホバの証人の子どもとして育てられた方々でも、境遇やものみの塔の教理・指示に対する感じ方、入信中及び脱会後の考え方・生き方は様々ですので、あくまでも元JW2世の一例としてご覧いただけたらと思います。

常に追い詰められていた子ども時代

子ども時代のことは、当サイトの「JWだった子ども時代のこと」でも書いており、また、「エホバの証人2世の体験談」の中の「Kさん」の体験談も、私自身の体験談です。
これらの記事を読み返して、自分がものみの塔組織の中にいた時になぜ精神が不安定で自殺願望を持っていたのか、その原因を考えてみました。

エホバの証人(=ものみの塔の信者)の母の子どもとして生まれてしまった私へは、ものみの塔組織に対する一般の人からの良いイメージを獲得するために常に礼儀正しく「模範的なエホバの証人」であることが要求されました。

お正月・誕生日・七夕・クリスマスなどのあらゆるお祝い、行事への参加の禁止、墓参り、国家・校歌斉唱の禁止(参考1)など、非常に禁止事項の多い宗教団体である『ものみの塔聖書冊子協会』。
24時間365日、「あなたの頭の毛まで数えておられる」エホバの監視下にあることを意識させられ、ハルマゲドンで滅ぼされないように一挙一動に気を配らなければいけませんでした。組織は「外の世界は悪に満ちているので、組織から離れたら堕落し、不幸になる。組織を離れるとハルマゲドンで滅ぼされる」と刷り込んでいたため、私は恐怖によって組織に縛り付けられていたのです。

ものみの塔からは、組織の教えに忠実に従わない子どもを持つ親は、自分の子どもを文字通りにムチで叩いて子どもの心の中にいる悪魔サタンを追い出すように、という指示(参考2)が出ていましたのでムチ打ちが横行しており、さらに私がいた地域のエホバの証人の間では、子どもをものみの塔の要求通りの子どもに形成するために、様々な場面で身体的、精神的ダメージを与えても構わないという風潮がありました。

参考1「1960年代から現在まで延々と続く、エホバの証人の子供のあるべき正しい姿」- 昼寝するぶた
参考2ページ中盤の項目「ムチ、訓練、懲らしめ、懲らしめのムチ棒」- 昼寝するぶた

私の場合はお菓子作りに失敗しただけでも「材料費と時間を無駄にした。この時間があれば神への奉仕に捧げられたのに」という理由でムチ打ちを受けたりしていました。

このような仕打ちを受けていたことに加え、「人間はアダムからの罪を背負っているので、神の前では罪びとである。人間は生まれながらに不完全なので、神に認めてもらうには、相当な努力が必要」と教え込まれ「自分はひどい欠陥人間で無能である」という考え方にさせられるため、私は「自分は無価値な人間だ」「生まれて来なければ良かった」と思うようになりました。

信者の子どもたちには、そのような感情を抱くことすら許されていません。組織は、子どもを「懲らしめのムチ」で死なない程度に叩いて教育しなければならないと指導してきた一方で、出版物の中で「確かに、ほとんどの子供たちは最初、懲らしめを受けるといら立ちを覚えます。しかし、子供たちが懲らしめを受けておびえたり、見捨てられたと感じたり、自分は生まれつき悪い人間なのだと思い込んだりするようなことがあってはなりません。」と詭弁を用いて、子どもたちがそのような感情を抱いた場合には、親や子どもに問題があるのであって、組織に責任はないと言い逃れができる先手を打っているのです。
私はこれまで子どもの発達に関する勉強をしてきましたが、組織の指示に忠実に従った子育てをした場合、子どもがそのような感情を抱くのは当然の結果だと思います。

その頃は、母に対して「私が体力で勝つようになったら、復讐してやろう」と思って過ごしていました。

お金も時間も全て組織に差し出しての宗教活動ゆえ、非常に貧しい生活をしていた上に、組織からは「今あるもので満足しなさい」という指示が出され、エホバの証人間では些細な事が「物質主義」だと糾弾されていたため、私は買い物をするという行為に非常に罪悪感を持つようになりました。

スーパーで安い食料品を買うことは罪悪感を持たずにできたのですが、洋服を買うということが大人になってもなかなかできませんでした。子どもの頃の服は全てお下がりで新品の服は一度も買ってもらったことがなかったため直面しなかった問題なのですが、大きくなって自分のお金で買おうとしても、買い方もよく分からない上に「もしかしたらこれは物質主義だということになりエホバに滅ぼされるかも」という恐怖心が起き、非常に安価な洋服を購入する際にも罪悪感を持ちながら買い物をするようになりました。

エホバの証人として活動していた日々

集会・大会への出席、奉仕活動(布教活動)は病気などよほどの事情がない限りは休むことは許されませんでした。母が入院していた時期も、子どもたちがきちんと宗教活動しているかどうか信者たちの監視下にありましたので、休むことはできませんでした。

家庭内では母がほぼ毎日、組織の出版物を用いて子どもたちに宗教教育を行なっていました。朝起きて学校に行く前に必ず「日々の聖句」という本を読まされ、「今日も一日、エホバのみ名に誉れをもたらす行動を取るように」という指示を受けていました。そして学校でも学友たちにエホバについて話すよう、「励まし」という名の圧力が加えられていました。

少しでも宗教活動を行うために部活動は一番活動時間の短いものにさせられ、放課後は布教活動をしなければなりませんでした。
私は、冷酷な教理を出すものみの塔に勧誘しなければいけないことに日々良心を痛めていました。ハルマゲドンで滅ぼされないよう、またムチ打ちを受けないよう、母や信者たちに連れられて礼儀正しくにこやかに家々を回っていましたが、心の奥底では「どうかこのお家の方が入信しませんように。ものみの塔の被害を受けませんように」と願っていました。

布教活動が終わり帰宅すると、集会がある日は集会へ、ない日は自宅で組織の本を用いた宗教教育、というスケジュールです。
この宗教教育にも絶対に異議を唱えたり、退屈そうにしたりしてはいけませんでした。もしそのような態度を取るとムチ打ちに処せられました。

宗教教育をしている場面が「迫害者」(※)である父に見つかると大変なことになるので、宗教教育中は父の車のエンジン音が聞こえてくるか耳を澄ましており、聞こえて来たら数十秒以内で本を隠し、各自学校の教科書を開いたり、家事に取り掛かったりと、宗教教育をしていた痕跡を消してから父を出迎えていました。

このようにして毎日教義を刷り込まれていったため、子どもの頃はよく眠れず、眠ってもハルマゲドンや迫害の悪夢にたびたびうなされていました。時には突然母に起こされ「今からこの聖句を覚えなさい。覚えるまで眠ることは許しません」と意味不明の命令を受けることもあり、そのような命令にも絶対に服従しなければいけませんでした。

放課後や休日に信者ではない子どもたちと遊ぶことは良しとされておらず、私の周りでは信者ではない子どもたちとの学校外での交友を禁止している家庭が多かったのですが、私の家の場合は父がいる休日のみ黙認されていました。

※ここで迫害者という言葉が出てきますが、妻がエホバに入信し子どもに宗教活動をさせるのに反対する夫のことを組織はこう呼ばせます。組織は家族である夫・父親を「悪魔サタンに影響されている」ために「迫害」しているとして家庭内の父親としての地位を貶め、母親・子ども達を組織に隷属させるのです。
当初、普通に父のことを「迫害者」と記載していましたが、投稿内容を何回も確認するうちに、いまだに自然と父を「迫害者」と呼んでいる自分に気づきました。脱会して17年経ってもまだ洗脳が解けきってないことに驚き、洗脳の怖さを思い知りました。

次回に続きます。→ ずっと死のうと思ってた – ものみの塔(エホバの証人)の2世信者として長く苦しんできたこと(第2回)

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このサイトについて

元エホバの証人(JW)2世の川島と申します。2000年に自然消滅(ものみの塔組織から平和的に離れること)をすることができました。
現在は保育関係の仕事をしながら、病気も経験しつつも心穏やかな日々を送っています。
どんな過去があっても、人は幸せになれる、ということを伝えていきたい、そして子どもたちの人権を踏みにじる行為を防ぐ力となりたいと思っています。
当サイトが、ものみの塔からの脱会と脱会後の助けになりましたら、また多くの方の心に灯をともすことができましたら幸いです。
また、JWについて一般の方々にも知っていただくきっかけになれたらと願い、JW以外の内容のブログも多く綴っております。

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