川島真彩の幸せの部屋

「幸せは全て自分の心から生まれる」 ~元JW(エホバの証人)2世からのメッセージ

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エホバの証人の子どもたちが学校で直面する恐怖「いじめ」(第1回)

この記事は約4分0秒で読めます

ありとあらゆる学校行事に参加することができません

エホバの証人の子どもたちは、誕生会、クリスマス、七夕、ひなまつり、節分、正月、母の日、子どもの日、祭り、焼香、国家・校歌斉唱、クラス委員を決める、などを含む種々の選挙、格闘技など様々なことを禁止されているため、ありとあらゆる学校行事に参加することができません。

単に参加できないだけではなく、「私はエホバの証人です。だから七夕集会には参加しません」とみんなの前で「証言」をしなければなりません。「証言」の強制度合いは、地域・各家庭で差があります。また近年、その強制率は下がってきています。

本人が望もうと望まざると、「エホバの証人の子ども」として生まれてしまっただけで、強制的にそのような状態に置かれるのです。
(二世の体験談の例:「母がJWになってから始まった虐待」 「子ども時代の黒い記憶」

その他の数多くの規制

さらに、ものみの塔が明確に禁止しているもの以外にも、数多くの規制が子どもたちに課せられてました。「聖書によって訓練された良心によって」各自が決める事柄とされているものです。

「良心に従っている」と思い込んだ信者である親から、テレビを処分された子どもや、とても大切にしていた趣味の物(教義では禁止されていない物も含む)を破壊され捨てられた子ども、ものみの塔の音楽以外の全ての音楽を禁止されてきた子どもたちもいます。

なぜ信者である親がそのような行動に出るのかというと、ものみの塔が様々な出版物や講演などで「〇〇兄弟は自分の良心に従って、〇〇という決断を下しました」「〇〇姉妹は良心に従ってこのような決断を下し、今では大きな報いを受けています」「〇〇には用心するのが賢明です」と、数え切れないほどの避けたほうが賢明だという例を挙げ続け、信者たちに「これも避けたほうが良いのだ」と刷り込んでいるためです。

実際には「良心に従って決定」したのではなく、ものみの塔の思惑通りに動かされていただけだったと、脱会してから気付く信者さんも多いのですが、信者である間は、できるだけ厳しく規制しておいたほうが、仲間の信者から「霊性が高い」(信仰心があつい、という意で使われる用語です)として賞賛されるため、多くの親たちが子どもたちの心に深い傷を残す行動を取ることとなってしまいました。

多くのJW二世の子どもたちに悲劇をもたらした『学校とエホバの証人』

ものみの塔は1985年に『学校とエホバの証人』という冊子を発行しました。

そこには、二世たちが拒否しなければいけないものが明確に列挙されていました。
この冊子は「〇〇は禁止です」という書き方はせず、「子どもたちは、〇〇はできませんので、ご協力をお願いします」といった学校に対しての説明という形が取られていますが、JWの親子に対して明確な禁止事項を付与するもので、子どもたちから多くの自由が奪われました。

組織が「自分たちは指示をしていない。各信者たちが自分で決めた事です」(上記のように、信者たちは「自分の良心に従って決める」という言い方をします)と言い訳ができるよう、巧妙な手口をとってきたことがこの書き方からもよく分かります。

この冊子が多くの信者の子どもたちに悲劇をもたらしたことを、エホバの証人二世の方がこちらの記事で書いてくださっています。こちらのページのコメント欄には「子どもたちをJWの規則で縛り付ける律法集だった」という元二世の方の意見がありますが、的確な表現だと感じました。この試練は「中立の問題」や「試み」と呼ばれており、二世の子どもたちに多大な重荷を負わせるものでした。

『学校とエホバの証人』の全文はこちらです。エホバの証人の「願い」や「教育方針」「子どもに望むこと」がストレートに出ています。

この中で、「私どもの子供たち」という言い方をしている点からも、組織がJWの子どもを私物化していたことが分かります。
学校は「不健全」な影響の温床であるとされ、「大抵の証人たちの若者は学校で行なわれる課外活動に参加いたしません」などと、受け取り方によってはさらなる禁止事項が発生するあいまいな表現を用い、学校と極力かかわりを避けたい旨が述べられています。信者の子どもたちは、この書に書かれているような学校生活を送ることになりました。

それが原因でクラス内で孤立したり、いじめを受けたりする子どもが全国で多数発生しました。さらに、その戒律を破った子どもへのムチ打ちが増えた家庭も多かったようです。
また、冊子の主張も強引で根拠に乏しい記事が多かったため、教師側の怒りや反発を買ってしまい、学校と親との板挟みで苦しむ二世も少なくありませんでした。

なお、現在は『学校とエホバの証人』は廃刊となっており、ものみの塔オンライン・ライブラリーの検索資料からも外されて、無かったことになっています。当時の冊子の内容について、組織は肯定も否定もしておらず、多くの子どもたちの心に深い傷を負わせたことについても、いまだに一切の謝罪もありません。

クラスメートたちの前で「私はエホバの証人なので〇〇はできません」と「証言」をさせられ、みんながわいわいと行事を楽しんでいる時、いつも教室の隅で独りぼっちでそれを眺めていなければいけないつらさ、みじめさ、恥ずかしさは、経験した人にしか分からないかもしれません。

そもそも「子どもの権利条約※」第14条(思想・良心・宗教の自由)で、子どもにも信教の自由が認められているというのに、ものみの塔や信者である母親が実質的に信者の子どもに信仰を強要していること自体がおかしいと思います。強要されていなければ、信者の子どもたちが学校生活において耐え難い苦痛を味わう必要もありませんでした。
幼い頃の私は、ただ母親に褒められたい一心でしたので、自分が信仰を強要されている状態に気付くこともできませんでした。

※「子どもの権利条約」は、1989年11月20日国連総会で採択された、子どもの権利に関するはじめての法的拘束力を持つ国家条約であり、万国共通の子どもの権利学習の最良のテキストと言われています。日本は1994年4月22日に批准しました。

最近の傾向

最近のエホバの証人の親御さんは当時苦労した二世の方が多いため、三世の子どもたちに対しては比較的寛容な方が多いようです。
応援や騎馬戦、クリスマスや七夕や節分なども学校で自由に参加させている親も多いと聞いています。
そして一世の信者さんの中にも、クリスマスにケーキを買ってきて食べたり、母の日に孫からカーネーションをもらって喜んだりしている方々もいるようです。

次回に続きます。→ 第2回

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このサイトについて

元エホバの証人(JW)2世です。2000年に自然消滅(ものみの塔組織から平和的に離れること)をすることができました。
現在は保育関係の仕事をしながら、病気も経験しつつも心穏やかな日々を送っています。
どんな過去があっても、人は幸せになれる、ということを伝えていきたい、そして子どもたちの人権を踏みにじる行為を防ぐ力となりたいと思っています。
当サイトが、ものみの塔からの脱会と脱会後の助けになりましたら、また多くの方の心に灯をともすことができましたら幸いです。
また、JWについて一般の方々にも知っていただくきっかけになれたらと願い、JW以外の内容のブログも多く綴っております。

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